カテゴリー「5-3 人見訓嘉」の記事

2013年3月25日 (月)

「地域も学校」のいま

文:人見訓嘉 <info@coneri.co.jp>

久しぶりの寄稿です。香川県の健康運動「めざせ、超10!」を主宰している人見訓嘉です。わたしたちは、高齢者の生きがいを軸に、健康で長生きできる社会をめざそうとしています。その一つの取り組みが「地域も学校」です。カンタンに言うと、子どもが地域のお年寄りと学習することを通して、地域における自分の生き方を考える取り組みです。子どもには、地域(の人)に育まれたという意識が定着することで地域づくりの核が形成される。お年寄りは、子どもの成長にかかわることを生きがいとして継続的な取り組みができる。双方にこういう良さがありますが、問題は、この取り組みに参加したいというお年寄りが集まらないことです。現在、香川県高松市の太田南地区と太田地区で開催していますが、いずれもかかわっていただいている高齢者は10人程度です。

このプログラムを監修いただいている前田寛文さん(高松市教育会常任理事)は、こう示唆されました。「考えてみてください。高齢者の興味のあることって何だと思いますか」。そうです! おそらくこのコラムをお読みいただいているあなたも同じだと思います。それはまず、自分のこと。それから子どものこと。孫のこと。自分のことには、旅行も趣味も、健康も食も含まれます。「それが、『地域の子ども』だという答は、おそらく最後なんです」。それを聞いて、実はわたしもハッとしました。確かに、地域の子どもを気遣うというのは、自分や肉親の後にくるものです。

だからこそ、いまかかわってくださっている高齢者の方は、非常に奇特であり、有り難い。しかし、それが奇特であれば、地域は存立の危機です。「地域も学校」はそこに警笛を鳴らす役割でもあります。隣近所ならいざしらず、学校区単位で地域をとらえた時、地域の子どもを気にかけることが、果たして自分にできるだろうか、と思いました。しかし、「地域も学校」に来ている子どもたちは、できるのではないか、と考えました。少なからず地域の人に育くまれたという意識の芽生えが、それを可能にするのだと思うからです。息の長い取り組みです。ろうそくの灯火が消えないように、大切に大切に続けていきたいと思います。

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2012年7月10日 (火)

この国の姿

文:人見 訓嘉 <kuniyoshihitomi@coneri.co.jp>

手元に社会保障審議会介護保険部会長の山崎泰彦氏の作成した資料があります。それによると、この国の2060年の人口は、(推計には幅があるものの、中位を採用するとして)おおよそ8600万人。高齢化率はおよそ40%だそうです。若者2人前後で、1人の高齢者を支えるイメージだそうです。

一方、国家予算も危機的であることは、ご承知の通りです。政府は、いわゆる単年度黒字の予算をめざしています。つまり、その年に返済できない国債は、発行しない方針だということです。現在の国家予算(歳入)はおよそ90兆円。そのうち44.3兆が国債ですが、返済能力のあるのは内21.5兆円くらいです。差額の21.5兆円は、累積赤字として、翌年以降、つまり子ども/孫の代に持ち越される借金となります。そこを「消費税」として徴収して穴埋めをすると、税率に換算して9%。さらに、社会保障関係を若干改善するとして+1%。合計10%が増税議論のおおまかな筋です。

一般歳出にしめる社会保障費関係費の割合は、実に53.1%。残りの47%で、防衛、教育、公共事業などをやっているわけです。社会保障費関係費によって、国家予算の柔軟性はほとんど皆無といっても過言ではありません。これから生産人口が減っていくわけですから、歳入は減少し、社会保障関係費は、ますます増える一途であることは容易に想像がつきます。つまり、この国は、社会保障費関係費を大きな制約要件として予算を組むしかない状況になるわけです。

政府は、医療と介護機能の再編などを打ち出し、「施設」から「地域」へ。「医療」から「介護」へ、と言っています。わたしたち市民にできることは、「地域」のことです。地域に高齢者の活躍できる場を、たくさんつくっていくこと。「今日やることのある状態」をつくっていくこと。高齢者の役割を地域でつくり、相互扶助の精神で若者から高齢者まで、皆で支え合うこと。これが、地域でできることだと思っています。子どもの成長にかかわれることを生きがいとする高齢者に、地域の子どもが育まれるという仕組みを持つ「地域も学校」は、まさにそのような場の一つだと言えます。現在、高松市を後援に、2つの地域で開校しています。日本全国各地に、この「地域も学校」が広がればいいな、と思います。

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2012年3月27日 (火)

ハンガリーのポテチ税

文:人見訓嘉 <info@coneri.co.jp>

私のような医学的専門知識を持たないものが健康を論じるとき、医学的裏付けの必要な話よりも、社会的、経済的な話に注目してしまう傾向があります。昨年9月からずっときになっていた、ハンガリーで、塩分や糖分の高い食品に課税する、通称「ポテトチップス税」が施行されたニュースはその一つです。

以下AFP BBニュースより引用しつつ。

「新税導入を推進した議員はAFPの取材に対し、『不健康で高価な食品は食べないように、という消費者に向けたメッセージであると同時に、メーカーに食塩・砂糖の使用量を削減するよう促す意図もある』と説明した」そうです。

これはまあ、健康の話。こうやって健康を気づかうと、結果、行政が負担する医療費が下がっていくのだろうと思います。それは、税を負担する現役世代ウエルカムです。

ニュースは、続きます。

「課税対象は袋入りスナック菓子、クッキー、炭酸飲料、栄養ドリンクなどで、国内メーカーと輸入業者が納税義務を負う。国民の食習慣の改善と肥満対策が目的だが、厳しい経済情勢の中で歳出削減に取り組む同国政府としては、年7400万ユーロ(約81億2300万円)相当の税収アップへの期待も伺える。」

課税をして、歳入増にもつながる、と。

そして、今度は食品業界からの視点です。

「ハンガリー食品生産者協会は、『業界への相談もなく早急に導入された法律で、中小生産者を苦しめるだけだ。外国企業を撤退に追い込み、闇市場をはびこらせることになる』と憤りを見せている。地元紙によると既に、ポップコーン工場の建設を計画していた独メーカーが「ポテトチップス税」の導入を受けてハンガリー進出を断念している。」

以上を総括すると、健康を気づかう国の規制・課税は、歳入増と健康関連の歳出の抑制につながるものの、食品会社の操業を圧迫すると、今度は法人税などが落ち込んでしまいます。そこに雇用されている人たちからの税金も見込めなくなるかもしれません。

健康にいい施策を国が実施するということは、生活者からすると歓迎ですが、短期的な利害と長期的な利害が錯綜し、それはなかなか難しい問題です。消費者の購買意識から食品業界を変えていくというのが、もっとも自然なのかもしれませんね。

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2012年2月16日 (木)

減少、縮小の時代を、いかに豊かにいきるか

文:人見訓嘉 <info@coneri.co.jp>

先日、日本の人口の予測が報道されていました。それによると、日本の総人口は2060年までに現在の約1億2770万人から約3割減の約8670万人になる。そして、このまま今の状況が変わらなければ、2110年までに約4290万人まで減少するとしています。

まず、1億を切るということに衝撃を覚えます。これまで、増加、増大、成長が当たり前だったものが、減少に転じるわけです。人口の減少は、経済の縮小を意味します。例えば、大阪の私鉄・近鉄が、電車の運行本数を減らすというニュースが流れました。単純に、団塊の世代の大量リタイアで、通勤者が減ったのだと容易に想像がつきます。走らせても、乗る人がいないのです。それは、売上げの減少をともなうものですが、乗る人が単純に減るということは、たとえ外国人旅行者を呼んできたところで埋めようのない、致し方のない現象です。

これから、日本のあらゆるビジネスは、パイを縮小させることになると思います。消費のパイが減るということだけではありません。働き手だって、減っていくのです。こういう時代は、これまでの成長の文脈のまま生きていると、心が荒むさみしい気持ちになってしまいます。大きいことはいいことだ!増えることはいいことだ!と信じ込んでいたものが、ある日突然下り始めるのですから。1億円売っていた店が、8000万円しか売れなくなったとか、毎日1000個のお菓子が売れていたのが半分しか出なくなったとか。あたらしい価値を創造してもなお、下降のスピードに追いつけないかもしれません。そういう時代、人々は暗い気持ちになりがちです。心療内科にかかる人が増えたり、自殺を考える人が増えたりしても無理はないかもしれません。

しかし、人口の減少は、おそらくいま生きている誰もが初めて経験することであり、皆が模索することになると思います。経済規模が縮小していく現象だって、実際にどういうものか、学者の予測とは別に、肌で感じながら生きていくしかありません。減少が負であると考えるのは、一方に増加が正であるという対極を設定しているからですが、そういう設定はもはや有効性を失っているのでしょう。そういう状況のなかでいかに豊かに生きていくのか。前回のコラムに書いた「生きがい」という言葉は、この時代、こういう意味を内包していると考えています。

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2012年1月17日 (火)

新年、新メンバー、新コラム、スタート!

文:人見訓嘉 <info@coneri.co.jp>

 改めまして、KAGAWA超10推進委員会の人見と申します。よろしくお願いいたします。田井先生からゲストライターの仲間に入れていただいたものの、なかなか原稿が書けずにいました。と言いながら、実は私はコピーライターを生業としています。毎日、企業や社会の課題を鋭い角度でとらえながら、その解決を図る言葉を生み出すことに頭をひねっている人間です。

 このKAGAWA超10推進委員会は、「クリエイティブの社会貢献」をめざした取り組みの一つです。つまり、言葉やデザインが世の中にできることは何だろう?という発想から「めざせ、超10!」というキャッチフレーズと、男と女のマークをロゴ化したデザインが生み出されたわけです。それらをフックに、世に健康運動を浸透させようという取り組みです。田井先生は、ドクターとして、この運動に力を貸してくださっています。

 なんだか不思議な表記の「超10」は「チョージュ」と読み、「長寿」と「10を超える」という2つの意味を意図しています。「10を超える」とは、香川県の健康余命の全国ランクのことで、10位を超えよう!ということです。現在、香川県は男女ともに20位前後をうろうろしています。最期まで健康であるということは、いまこの国の問題でもある社会保障費の低減に貢献するものです。社会の課題に対して、この「めざせ、超10!」という香川県の健康運動は、解決を促すことができるでしょうか!

 この運動は、「食」「運動」「生きがい」の3つの柱で展開されています。田井先生のブログにあった「地域も学校」とは、高齢者の「生きがい」をテーマにした取り組みです。次回は、この内容について詳しくお話しようと思います。

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