使わなきゃ衰える!脳とマルチリンガルの関係
2011年2月22日付けで American Academy of Neurology誌 に載った "Speaking Foreign Languages May Help Protect Your Memory(プレスリリース)" によると、「2011年4月9日から同月16日までハワイ、ホノルルで開催される米国神経学会 (American Academy of Neurology) 第63回年次総会で発表される研究によると、2ヶ国語以上話せる人は、記憶障害を発症するリスクが下がる場合がある」とのこと。
「生涯にわたって外国語が話せる高齢者の場合、複数の言語が話せると、それによって記憶機能が保護されるようだ」 と語るのは、この研究を行った Magali Perquin博士。同博士らは、以前2ヶ国語から7ヶ国語を話していた、ないしは現在話している、平均年齢73歳の男女230名を調査しました。そのうち認知障害があったのは44名で、他は記憶機能に問題はありませんでした。
この調査の結果、2ヶ国語しか話せない人に比べて、
- 4ヶ国語以上話せる人は認知障害を発症する可能性が5分の1になる
- 3ヶ国語話せるとリスクは3分の1に下がる
- 現在2ヶ国語以上話せる人は、認知機能に損傷を受ける可能性が4分の1になる
このような保護作用が、言語に関する思考能力に限定されるか、他の領域にも効果がみこめるかは、さらなる研究が必要とのこと。
英インデペンデント紙 でもこのテーマを扱った "Learn a foreign language to age-proof your brain" (24 February 2011) という記事を載せています。この記事でも先の研究について同様の内容を紹介するとともに、「たとえ現在母国語しか話せない人でも、いつでもいいからもう1つ外国語の学習を始めれば、脳の働きを助けることになり、アルツハイマー病も防いでくれる」という、我々一般人にはまことにありがたい、カナダ、トロントにあるヨーク大学の研究者 Ellen Bialystok らの研究にも言及しています。さらに、バイリンガルはアルツハイマー病の発症が5年も遅くなる、という "Neurology"誌に発表された別のカナダ人の研究も紹介しています。
そして同記事の締めくくりとして、脳を健康にする他の方法を挙げています。それは、
- 生涯学習を続ける
- 健康的な食事をとり続ける
- 積極的、ポジティブな意識、生活様式を大切にする
- ゲーム、パズル(チェス、クロスワード、数独、他)などで脳を刺激する
英ガーディアン紙 では、「バイリンガルはアルツハイマー病を長期にわたって抑えることができるし、子供がバイリンガルだと作業の優先順位付けや複数の作業を同時にこなすことが得意になることが研究から示唆される」 という書き出しの "Being bilingual may delay Alzheimer's and boost brain power (Friday 18 February 2011) という記事で、もう少し詳しい内容を載せています。
バイリンガルとモノリンガル(母国語しか話せない人)を比較調査した研究者によると、第2外国語を学び、日常的にその言葉を話していると認知能力が向上し、認知症の発症が遅くなるそうです。さらにその研究から、バイリンガルはアルツハイマー病発症を平均して4年間抑えているし、日曜バイリンガル(つまり学校で習ったレベルの言語能力を休日に使う程度)でも、ある程度脳機能を改善できるとのことです。
前述のカナダ、トロントにあるヨーク大学の研究者 Ellen Bialystok は「日常的に第2外国語を使っているバイリンガルの子供たちは、モノリンガルの子供に比べて作業の優先順位付けや複数の作業を同時にこなすのが得意だ」と語っています。そして米国ワシントンDC で開催された "American Association of the Advancement of Science" の年次総会の席上、「バイリンガルであることは認知機能に効果があるし、脳の働き、特に executive control system という最大級に重要な領域を向上させる。ここは加齢によって衰えることがわかっているのだが、バイリンガルの場合は、人生のどの段階でもこの部分の働きが良い。こういう人は、アルツハイマー病の発症は止められないにしても、長期にわたってこの病気とうまく付き合える」と語っています。
最近 Neurology誌に発表された、アルツハイマー病の恐れのある211名(102名はバイリンガル、109名はモノリンガル)を対象にした同氏の調査では、被験者の認知機能が初めて損傷を受けた年齢に注目しています。それによると、バイリンガルはモノリンガルよりも認知機能に損傷を受けていると診断されたのが4.3年遅かったし、症状が現れたと申し出たのが5.1年遅かったそうです。これについて同氏は、さまざまな言語を切り替えて使うことで脳が刺激され、認知リザーブを増大させるようだとして、次のような比喩で表現しました。「車などにある燃料のリザーブタンクのようなもの。ガス欠になっても、予備があればもっと長く走れる」そして、この効果がもっとも大きいのは、日常的に言語を切り替えて使っている人だが、学校で習った外国語の練習を積み重ねても効果がある。塵も積もれば山となるのだと言っています。
他にも Penn State University の心理学者 Judith Kroll が同様のテーマで研究しています。その研究によると、無意味な情報を切り捨てて重要な詳細の集中するといったような、思考能力を使う作業の出来では、バイリンガルはモノリンガルを凌いでいたし、作業の優先順位付けや複数の作業の同時進行もも得意だったそうです。これは、複数の言語を話すことは脳を健康に保ち、思考機能を高めるという見方を支持しているとのこと。
「塵も積もれば山となる」ことが研究で明らかになったのは、我々一般人にとってはまことに心強い限りです。何かを習得しようという意欲を持ち、地道に習得し続けること、そして健康的な食事をとり、ポジティブな意識と生活様式を大切にすること、さらに脳を刺激し続けること。これを生涯の習慣にすれば、ある意味、脳の運動になるということでしょう。
3ヶ国語も4ヶ国語も習得するのは、かなりハードルが高いですが、英語なら他の言語に比べて環境的には十分整っていると言えるかもしれません。
できる限り長い間介護する側でいたいものですが、そのためには身体と共に脳も健康でいなければなりません。それには日頃の地道な脳の運動が必要ということでしょう。
文:fumixie <fumixie@gmail.com>
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コメント
日本企業の新規採用外国人比率が高まっている中で、アルツハイマーRISKに関わらずバイリンガル以上の語学力がないと生き残っていけない時代に入っているかも知れませんね。
製薬業界でも武田製薬が新卒者の採用基準にTOEIC730以上を設けた事で、更に語学力の必要性が加速するものと見ています。
アルツハイマーは脳の大脳皮質、海馬が委縮することを主徴としています。アミロイドβ―40、β―42が沈着する事で、脳神経伝達経路の末梢神経が変性する疾患です。
色々な説はあるのですが、アルツは老化の一種ではないかと思います。つまり使わないものは、筋肉と同じで衰えてゆく・・・バイリンガル、トレリンガルになる事によって脳血流量が増大し、結果、活性化領域が拡大保持されるのではないでしょうか。
循環器領域からアルツを考えた時に、喫煙、糖尿病により細小血管障害等、脳血流量不足による代謝異常という捉え方もあるようです。
ともあれ冒頭にも書きましたが、MONOリンガルでは不安なので最低でも英語力を身に付けたいと思います。
ちなみに、数独や脳トレはゲームそのもののスコアはUPしますが、右脳や左脳が発達することはないようです。
■ゲーム、パズル(チェス、クロスワード、数独、他)など で脳を刺激する
投稿: NV-CVM | 2011年2月27日 (日) 22時59分
NV-CVMさん、毎回詳細なフォローをしていただき、ありがとうございます。
認知症関係の詳しいことは専門家の方にお任せするとして、「使わなければ衰える」というのは、やはり脳にもあてはまるのでしょうね。外国語を習得するか、コンピュータのプログラミング技術を習得するか。何にせよ、常日頃から、反応するのではなく考える習慣をつけたいですね。
投稿: fumixie | 2011年2月27日 (日) 23時31分
非常に興味深い記事であり、英語学習をしたいと思っている自分としてはかなりの励みになりました。
英語でもハードルが高いと思っているのですが・・・精進が必要ですね。けれど、友人と話をする際に英語の資料を薦めたりする時にいい話になりました。おもしろいですね。
投稿: Ctom | 2011年2月28日 (月) 17時08分
Ctomさん、コメントいただき、ありがとうございます。
脳の健康を保つ上で、われわれ一般人にも日々の生活の中でできることは少なくないということは以前から世間でも言われていましたが、この記事で嬉しいのは、そのことが専門的な研究でさらに確かになったことだと私は理解しています。その点で重要な鍵を握るのは、Ctomさんもおっしゃるように「続けること、精進すること」だと思います。三日坊主で終わっては、まったく無意味ですよね。
投稿: fumixie | 2011年2月28日 (月) 19時10分
最近アルツではないと思いますが、物忘れがひどくなっていることを感じます。今回のブログを読んで英語だけでも話せたら少しでも違ってくるのかな思ってます。最近では楽天や武田薬品さんとかは英語が出来なければ入れないとか。いやなグローバル社会になったなと思っているのはわたしだけのようですね。私のみのまわりで【トイックで800点とれなかった】とか話している人がいるとちょと焦りますね。今日本本屋に行ってるかもしれません
これからも面白いブログをお願いします
投稿: メタボマン | 2011年3月 1日 (火) 11時49分
いつも拝見しています。
アルツハイマー発症リスクと語学能力が関係しているのは非常に興味深いです。
私は幸い、アルツハイマーの自覚症状はありません。一方、大学卒業以来英語の勉強は継続しておりますが不幸にもモノリンガルです。
しかし、そのような勉強を継続するだけでも効果があるというのは非常に心強い情報だと感じました。
又、近年新興国として注目されている発展途上の諸国も大半が過去の歴史(欧米の植民地であったり)からバイリンガルである。とも聞いた事があります。
アルツハイマーが直接経済発展に結びつくという考えは少々乱暴ですが、国民全員が日常的に数ヶ国語を学び、使用する事で脳の「切り替え」が行われていると想定できます。
その結果、脳の能力が向上し、経済発展にもつながっているのかなぁ。と考えてしまいました。
皆様の様に学術的ではなく、俗人が思いつく事をつらつらと述べてしまいました。
乱文失礼しました。
投稿: あんこ太郎 | 2011年3月 1日 (火) 12時30分
メタボマンさん、コメントいただき、ありがとうございます。
知り合いのケアマネージャが言ってました。「忘れたってことを思い出せるうちは認知症じゃないよ」:-)
英語ができなきゃ入社できないっていうのも、まあ、ねえ、それもそうかもしれませんが、ある外資系の会社は、中途採用の人材に対して、英語は仕事しながら覚えてもらえばいいんだよ、というスタンスでした。
中途採用と新卒の違いがあったとしても、英語ができなければ入社させないというのは、その人材の他の能力を取りこぼすことになりますから、見方としては片手落ちのような気がします。
でも、まあ、英語に限らずいろんな言語を習得しようと頑張ること自体は、脳の健康を保つうえで、日常簡単にできることですよね。
投稿: fumixie | 2011年3月 1日 (火) 19時17分
あんこ太郎さん、コメントいただき、ありがとうございます。
「そのような勉強を継続するだけでも効果があるというのは非常に心強い情報だと感じました」というのは、まことにそのとおりですよね。私もそう思います。この記事だけではなく、脳も身体も健康を保つうえで、一般人が日常生活の中で簡単にできることは、食生活の改善なども含めていろいろあることが確認できて、実に嬉しい限りです。
それに、いざとなるとお金も時間も手間もかかりますが、普段の生活の中でほんの少し意識を傾けて簡単なことを実践すれば、お金も時間も手間もさほどかけずに健康が維持できますよね。
この記事で紹介した研究の一つは、欧州ルクセンブルグで行われたそうです。この国はマルチリンガルな人口が多いので、この手の研究にはうってつけだったそうな。
専門家でなくても、健康になりたい、健康を維持したい、健康に関心がある、できるだけ長い間「介護する」側でいようと考えている、などなど、いろいろな方のコメント大歓迎です。
投稿: fumixie | 2011年3月 1日 (火) 19時36分
初めてコメントさせていただきます。複数の言語を話せる人の方が記憶障害の発症リスクが低いとは非常に興味深く、また納得もしてしまいました。
日本は他国に比べて2ヶ国語以上話せる人が圧倒的に少ないと聞いたことがあります。
……ということは記憶障害の発症率も違うのでしょうか?
私も記憶障害予防の為にも、自分の為にも英語をマスターしたいと感じました。
非常に興味深いお話ありがとうございました。また拝見させていただきます。
投稿: eazy-non | 2011年3月 7日 (月) 11時18分
eazy-nonさん、コメントいただき、ありがとうございます。
原因として考えられる要因は多様でしょうから、一概には「発症率は違う」とは言えないと思いますが、常日頃から目標を持って脳に刺激を与えることを習慣付けていれば、脳の健康を保つ一助になるのではないでしょうか。
投稿: fumixie | 2011年3月 7日 (月) 19時26分